企画〜第1話撮影前 貧乳は正義#1

「だから!! これは!! 何なんですか!!」
「何なんですかってドラマの台本だろ。今度の新しい仕事」
「そういう事を言ってるんじゃありません!!」

プロデューサーと千早の押し問答の後ろで律子が腹を抱えて実に苦しそうに笑っている。
新しいプロモーション企画としてドラマの撮影をすることになったはいいが、
いざ台本が事務所に届いて出演者全員に配られたところで遂に耐えきれなくなったようだ。

「びっ、ビーエスティー…っ!! ななじゅうっ…っ!!」

無理やり喉から引っ張り出したような声を出した後、律子はテーブルに突っ伏してぴくぴくと痙攣し出した。
よっぽどタイトルがツボに入ったようだ。

「ええそうですとも! 私の胸囲は72センチですっ! でもそれを物笑いの種にするなんてあんまりじゃないですか!?」
「まあな、俺もそうは思うよ。でもこれ社長の取ってきた仕事だしな。それにいいじゃん千早、ロボットの役って主役だぞ?
 俺なんて出してもらえるのはいいけどずっと寝てばっかじゃないか」
「そもそもプロデューサーがドラマに出るってこと自体何か間違ってますからね!」

そこを突かれるとプロデューサーとしても何も言えない。

そもそも何が一番悪かったかと言えば社長という事になる。
どうやら美希のDランクアップ前に実際に起きた事故の事を社長がなじみの構成作家に話したらしいのだ。
プロデューサー自身もあまり事故については思い出したくないが、構成作家側はどうやらその事故にヒントを得たようで、
ある朝わざわざ事務所に持ち込みの企画を持ってきたらしい。

「それに、私だけが主役じゃないじゃないですか」
「何だ、不満か?」
「別にキャスティングに不満はありません! ですが、なぜ私の胸囲がタイトルなんですか!」

無茶苦茶な振り方にプロデューサーは内心溜息をつく。

「まあそう言うなよ。社長がオッケー出しちまったんだから、文句言うなら社長に言ってくれ」
「で、でも! 私たちに仕事を出したのはプロデューサーじゃないですか!」

しかしここでプロデューサーが折れてしまったら大変な事になる。
ドラマの配役を見る限りどうやら765のスタッフはチョイ役とはいえほぼ全員がカメラに映ることになっていて、
今朝見たところだと社長は「久しぶりに血が騒ぐね」と言っていたし小鳥にいたっては念入りに台本を読んでいた。
これで「やっぱりあのドラマなしで」などと言った日には一人であの世逝き特急に乗る羽目になりかねない。

困り切った表情で周りを見回すと、さっきまで熱心に台本を読んでいた美希がいない事に気がついた。

「あれ、律子、美希は?」
「みっ、美希はっ、72じゃ、ないっ、ですっ、よっ!」

どうやら律子は笑い過ぎて完全に胸囲でしか話を捉えられなくなったらしい。
千早は平素からは考えられない蛮気に満ちた雄叫びを上げ、机に突っ伏したままの律子に襲い掛かっていく。
これ幸いと胸をなでおろすと、応接室のすぐ隣にある会議室の扉が開いた。

「みてみてハニー! ウィッグ被ってみたよ!」
「おー、何か懐かしいなあ。Dランク前の美希みたいだ」

ドラマが始まる時期は美希がBランクに上がってからだが、いくつか回想シーンがあるらしい。
既に美希は髪を切ってしまっているので、撮影用機材の中に金の長髪癖毛のウィッグがいくらか入っていた。
ウィッグにはどうやら2種類あるようで、
ひとつは美希が今つけている金髪癖毛のもの、もう一つは同じ長髪でも美希の地髪に近い茶色のものだ。

「ちっ、千早ごめん! 私が悪かったわ謝る! 謝りますからちょっといたたたた!!」
「脂肪の塊のくせにっ! 体脂肪を押し上げてるくせにっ!」

遠くで何か聞こえるが意思を振り絞って無視する。
と、そこで美希が何か問いたげな視線を向けていることに気がついた。

「何だ、どうした?」
「ねえハニー。ハニーはやっぱりこっちの髪の方が良かった?」

ウィッグの毛先をくりくりと指に巻きつけながらの問いに、プロデューサーは改めて美希の髪を見た。

「んー、まあ、どっちも似合ってるっちゃ似合ってるよ」
「どっちかがいいの!」
「何だお前今の髪型自信ないのか」
「…そんな事ないけど」

唇を尖らせた美希に苦笑して、プロデューサーは美希の頭に手を置いた。

「どっちだっていいじゃん。美希は美希だよ。髪の毛くらいでどうこう言わないさ」
「そういう問題じゃないんだけどなあ…」
「何だって?」
「何でもない。…それより、千早さんと律子…さんのケンカ、止めなくていいの?」

小さな声で聞きとれなかった返答をとりあえず棚に上げて横を見ると、あろう事か千早と律子のケンカは取っ組み合いの様相を呈していた。

「ローソンのくせにっ! エビフライのくせにっ!!」
「貴様言うてはならん事をををっ!!」

何だか取っ組み合いの理由が最初とはずいぶん違ってしまっている気がする。
どうしようこれ―――と思っていると、今度は事務所の方の扉が開いた。

「あーやっぱりここにいたんですか…って千早ちゃんと律子さん!? 何やってるんです!?」
「あ、小鳥さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です…ってプロデューサーさん! 止めてくださいよ何があったんですかあの二人!?」
「さあ」
「さあって、」

喧々囂々の文句の言い合いの中には「ぺちゃ」だの「コンビニ」だのと言った単語が飛び交っている。
とりあえず小鳥には千早がタイトルに反対したのが最初ですと説明したが、どうやらお互いに日々の鬱憤は溜っていたらしい。

「と、とにかく止めなきゃ! 千早ちゃん! 律子さん!」

小鳥の声に二人は文句の言い合いをぴたりと止め、次いで小鳥よりも遠くにいるプロデューサーが驚く形相で小鳥に向き合った。

「ぴっ」

二人のあまりの形相に妙な悲鳴を上げた小鳥に向かい、二人は矢継ぎ早に口を開く。

「音無さん!! 胸なんて飾りですよねっ! そうに決まってますよね!!」
「小鳥さん!! ないよりあった方がいいわよねそうでしょそうに決まってますよね!!」

何でもそうだが数とは力である。1対1の構図よりは2対1の構図の方が圧倒的に有利に決まっている。
さあ何か言ってみろ、言わなければただではおかない―――
そんな刺々しい雰囲気をばしばしと全身に浴び、小鳥はまるでマネキンのように固まった。

「音無さん! なにか言ってください!」
「そうよ小鳥さん! だんまりは無しだからね!」

さっきまでケンカしていたのに恐ろしいくらいに息が合っている。
なんだかんだ言ってやっぱりあの二人仲がいいんじゃないか―――プロデューサーがそう思っていると、
小鳥は千早と律子の顔を交互に見比べて震える声帯を動かした。

「ど、ドラマ、た、楽しみですね!」

千早と律子の二人に同時に睨まれて平常を保てる精神力はおそらく小鳥にもなかったに違いないとプロデューサーは思う。
という事は恐らく今の発言は小鳥の本音であり、しかしドラマを肯定するという事は律子の味方をしたに等しい。
律子は鼻息荒く勝ち誇った視線を千早に投げる。
千早の方はぐっと言葉に詰まって顔を真っ赤にして拳を握り、次の瞬間大きく息を吸った。

「巨乳なんていなくなっちゃえばいいんだーっ!!!」

何せ765随一の発声量を誇る千早の叫びである。
律子や小鳥はもちろん、離れていたプロデューサーや美希の鼓膜すらも揺さぶった千早はうわああああんと泣きながら会議室から飛び出していった。



余談だが、その後765スタッフ総出で探し出した千早は荒川の河川敷に腰掛けていた。
プロデューサーが発見したわけではないので又聞きなのだが、発見された時に千早が歌っていたのは「カップ占いの歌」だったという。


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