幕間 ある手紙

幕間



To: ooe-19750817@justweb.ne.jp
Cc: None
Bcc: None
Sub: 依頼書
Time: 23:34 01/22/20XX
Att.: 依頼の手紙.zip

大江

解析を頼まれていた手紙、日本語訳が完了したよ。
一部こっちのアプリじゃ解析できない文言があったから、それは文脈予測と流れ変換でどうにかした。
文脈的におかしいところもあるかもしれないけど、大勢は追えるはずだ。
分からなくても聞かないでくれ。この言葉は僕にも分からない。
レビューもなにもあったもんじゃないから間違ってても怒るなよ?

なあ大江。
僕たちはみんな君の事を信じてこの計画に乗った。
君が言った「765をよくするために」という言葉にウソはないんだろうと僕は思ってる。
でもさ、はたして本当に君が四条貴音を使ってこの計画を成就させようとしているのは本当に正しいんだろうか?
遠藤の言う通り、僕たちの業界は確かに抜きつ抜かれつなんて悠長な業界じゃない。
一回埋没したが最後、後はずるずると下まで落っこちていくだけだ。
それでも、今更だけど、僕はどうしてもこの計画に疑問符を投げざるを得ない。
僕ら765の発展は、誰かの犠牲の上に成り立たせる必要はないんじゃないのか?
四条貴音にしろ僕の妻にしろ、皆何かの事情を背負って毎日頑張ってる。
それは僕らだって同じだし、あのいけ好かない黒井社長だって、君の計画に沿ってどん底に落ちたあの新人君だって同じことだろう。
甘い事を言っているのかもしれないが、僕らの765は誰かの不幸の上に成り立つような組織じゃなかったはずなんだ。
ちょっと前までは、それでも765を良くするためにと思ってピヨネットの活動をしてきた。
でも、あの手紙を読んだ後の僕は、そう思えない事も事実なんだ。

手紙は添付してある。パスワードはいつもの通りだ。
まさか忘れてないよね?

なあ大江。
僕は間違ってるか?

/木村







前略 四条貴音様

 月日がたつのは早いもので、私たちの祖国が地図から消えて8年が経ってしまいました。
 もう8年という気も、まだ8年という気もします。
 私たちが黒井様のお力添えでこの国に渡って来てから8年、私たちにはいつも後ろめたく、直視できない過去があったように思います。
それは私だけでなく、妹も、そして貴音様も同じであろうと愚考する次第です。
私もまた、この8年はいいことも悪いこともあった8年間でした。
父母を焼かれ、エレンと二人命からがら領事館へ逃げ込んだあの夜からは確かに悪いこと続きだったのかもしれません。
私や妹がまだこの国の言葉が話すことが出来たということは公教育のおかげなのですが、言葉を話せず、伝わる文字を書くことすらできない、一人また一人と連絡が取れなくなった同郷の輩たちの安否はいまだ様として知れません。
貴音様には報告が行っていますでしょうか?

 それでも、私や妹―――特に私にとってみれば、真に僭越ながら、悪いことばかりではなかった8年間でした。
 今、私のおなかの中には2人目の子供がいます。
もうじき8カ月を迎える男の子で、おなかを内側から蹴られるのは多少痛いのですが、それも今生きているからだと思っています。
長女の方はもうまもなく6歳の誕生日を迎えようとしており、これから家の中もにぎやかになるかと思うと長男の誕生が待ち遠しくあります。
 2人の子供には、この国に倣った名前を付けました。
 もう、私たちの国はないからです。
 長女の寝顔を見るとき、私はいつも必ず思います。
この子は私に似ずに夫に似てくれればよかったのに、と。
長女の髪は私の髪と同じく薄い栗色で、あの国で仲良く遊んだ、そして今は行方も知れない友たちの姿を彷彿とさせるのです。
いつか長女も成長し、友人と異なる髪の色を見てこう思うのかもしれません。
「どうして、私の髪は他のみんなと違うのだろう」と。
わが子ながら好奇心が強く、恐らく娘はきっとその事を私に問うでしょう。その時私は一体何と答えればいいのでしょうか。
 お母さんはこの国の生まれではないから、でしょうか。
 そのあとに続くであろう娘の問いかけはきっと「では、お母さんはどこの国の生まれなのか」でしょうし、私はきっとそれに答えることは出来ない、今まではそう思っていました。
なぜならば、その問いに答えるためには、国を滅ぼしたあの日の出来事を聞かせなければならないからです。
 長男が初めて私のおなかを蹴ったあの日、主人と出会うまではずっと見続けていたあの日の赤い空を久しぶりに夢見ました。
主人の顔と娘の顔を見るまで震えが止まらなかったあの夜のことを、私は2カ月たった今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
そうして、生まれてくる長男の、祝福すべきわが子の髪の色が薄い栗色だった時、私は再び一度は棚に上げた長女からの問いを思い出すのだろうと思います。
 なればこそ、私はきっと、あの夜のことをしっかりと受け止めなければならないのだと思います。
軍部や政務官、それにエイフラム様がなぜあのような事をしたのか、今だからこそ真剣に考えなければならないのだと、そう思うのです。
 自らの街を焼いたあの炎と、あぶられて真っ赤に染まったあの空の事は私は決して忘れません。
 だからこそ、あの夜のあの炎の意味を見定めたいと思うのです。
 いつか子供たちが必ず考える、子供たちのルーツを教えるために。
 私が育ったあの街が、私たちが愛したあの国が、一時でもこの世界にあったのだという事を教えるために。
 それはきっと、僅かですが確かに存在するこの国で生きる輩たちの共通の願いなのだと思います。
誰もが震え、誰もが嘆いたあの夜から8年が経ち、誰もがみな自分にとってあの夜は一体何の意味を持つのかを問い直す時期が来たのだと思います。

 きっと、貴音様自身も、そうお思いなのだと思います。

 あの日10代の半ばだった私は、今は母となりました。
愛する子供たちに、私の愛したあの国の事を教えてあげたいと思うのは残念ながら真実です。
夢でも幻でもなかったあの夜を乗り越えることで、夢でも幻でもない私の子供たちに、私は本当の意味で出逢えるのだと信じています。

 貴音様も今はお忙しい時期と伺っています。
 お体にお気をつけ、お健やかにお過ごしいただきますよう、過分ながらお祈りしつつ、筆を置かせていただきます。

追伸
 エレンが黒井様の関係会社で働いているそうです。
我が妹ながらあの無礼さには恥入るところですが、どうかお会いになった際、お気分を害されないようにお祈りいたしております。

20XX年 12月吉日

エミリア・木村・バートナー

早々 





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