声 (52)

8..

 どこの時代のどんな子供でも当てはまる話として、子供というのは何事かを強制されるとものの見事に強制された物事が嫌いになる。
大抵の子供が強制されて嫌いになるものといえばまず筆頭は勉強であり、当然そのクラスでも勉強嫌いは数名いる。
 が、クラス、というのは少々語弊があるのかもしれない。
というのもそのクラスには在籍している子供が僅か12人であり、しかもこれで一学年なのだ。
少子化ここに極まれりであるが、国家人口が1千人弱の国であればやむなしである。
 更にいうなればそのクラスは少々異常である。
今は授業中であり、他の学年のクラスの廊下には当たり前のごとく人っ子一人見当たらないくせに、そのクラスの前だけはたすき掛けのSIG SG550と左懐にやはりSIG社製のP228で武装したごっついお兄ちゃんが二人、直立不動で立っている。
 休み時間には元気いっぱいの初等部のお子様方の対応に右往左往する彼らの所属部隊は国軍第3廟であり、国軍第3廟と言えば軽装備部隊であり、その主な任務は要人警護である。
罰ゲームのごとく廊下に立っている彼らは第3廟でも中堅クラスの人材であり、他にもこの学校―――正式な名称は養育院という―――の正門前に1人、裏口に1人、とどめには教諭控室横にあるSP詰め所に2人の第3廟所属員が閑職にも等しい職場でうららかな午後を過ごしていたりする。
 彼らの主任務が要人警護ということは、当然この学校内に彼らが護衛する対象がいるということになる。
カメラを罰ゲームの二人組の真ん中に置き、マイクの感を上げてみる。
「では、先日のおさらいから始めましょう。わが国は3方を山に、もう一方を海に囲まれており、」
 どうやら教室内では社会地理の授業が今まさに始まったところらしい。
授業参観に遅れてやってきた父母のごとくこっそりと教室内に入ってみると、まずは12畳はあろうかという教室内にばらばらに配置された机が目につく。
教室内にいるのはどう見ても小学校中学年くらいだと思しきガキどもの癖に、教育実習あがりと見紛う若さの教諭がガキども相手に使っているのはホワイトボードである。
ボードに記載されている今日の講義のお品書きのタイトルは日本語に訳せば「わが国の地理的特性」であり、ではガキどもはと言えばノートを開いてホワイトボードの内容を映したり教諭の説明を無視して教科書を読み進めていたりと様々で、たった一人を除けば皆それなりに勉強をしているようだと分かる。
 では、そのたった一人といえば、窓際の席に座ってぼんやりとお空を眺めていたりする。
勉強嫌いなのか教科書は開かれているがノートは開かれておらず、子供が書いたとは思えない流暢なタイトルの「地理歴史」は今までの学習履歴が空っぽである事をはっきりと表すかのような綺麗さだ。
線は細いが決して存在感がないわけではなく、肩くらいまでの髪は軽くウェーブが掛かっており、おまけに髪の色はオカンの腹に色素を置き忘れてきたかのような透き通る銀色で、アルビノなのかと疑う色素の薄いその瞳はお空の青を映しており、ホワイトボードの前で教諭が問題を出そうとしていることなど全く気が付いていないように見える。
「では、復習をしていれば簡単な問題から。わが国の面積はどのくらいあるでしょう? …じゃあ、先生から一番最初に目をそらしたオットー」
 えー俺かよーというオットー少年の嘆きの声も少女は上の空で聞いている。
無謀にもサッカーボールを1単位として答えようとしたオットーに早々に見切りをつけ、教諭は次の生徒を指名する。うーん先生もサッカーボール何個分かは分かんないなー、じゃあ次ミザリー、えーあたしー!?
「ね、ね、お姫、」
 ふと横腹を鉛筆でつつかれ、お姫と呼ばれたその少女はお空から緩慢に視線を動かした。
目の前に座っているのは犬か猫かで言ったら明らかに猫であろう少女が困ったように笑いながら少女に助けを求めている。
「…なに?」
「答えなに答え、さっきのセンセーの質問」
「質問?」
「あーもうお姫聞いてなよセンセーの話、アルテモンドの大きさ。あたし昨日宿題やってなかったの、お姫やってた?」
「宿題?」
 そこからかという少女の顔にはもうどうにでもなれと隠しようもなく書いてある。
ミザリーの答えだとこの星全部アルテモンドになっちゃうねー、はい次はユーリ。サッカーコート5万個分! それってどのくらいの大きさかなー?
「やばいってお姫次の次くらいあたしだよ! ねーお姫教えてよーお姫なら簡単でしょー?」
「お姫に分かってエレンに分かんないはずないねー。次エレン」
「えーっ!! センセー次はアドニでしょ!? アドニお前なんか言えっ!」
「僕じゃないもん指名されたのはエレンだもん僕知らない」
「この裏切り者ー!」
 恐怖のロシアンルーレット式ネームコールから逃れた教室の廊下側半分がゲラゲラ笑いながらエレンとアドニのバカ話を眺めている。
教諭は困ったように笑い、視線をさ迷わせ、遂に諦めたかのようなため息をついて最後の砦に回答をすがる。
「じゃあ、タカネ。アルテモンドの面積はどのくらい?」
 そして、タカネと呼ばれたその少女は、問題の答えを頭の中から文字通り一瞬で引っ張り出した。
「1.56平方キロメートルです」
 実際のところ、質問には的確に答えるタカネは問いかけベースの授業構成で次のステップに進みたいときに重宝されるが、たまに教員ですら知らなかった事を言ってくる事もあって教員の間では最後の砦だが扱いにくい生徒だと認識されている。
良く出来ましたというこの教員はタカネを上手く使える方であり、授業を次のステップに進めるべく教科書をめくる指示をする。
「そう。タカネの言う通り、アルテモンドの国土面積は大体バチカン市国の3倍半くらい。前回はこの位で鐘がなっちゃったから、今回はアルテモンドの産業についてお勉強するよ」
 このあたりで、幼かりしタカネは教諭の説明に飽きた。
実のところこのクラスで一番の勉強嫌いはタカネその人である。それは幼少のころよりアルテモンド王女として施されてきた家庭教師とのマンツーマン英才教育によって勉強嫌いになったからかもしれないし、あるいは今日の講義内容などとっくの昔に家庭教師から教えられていたからかもしれない。
クラスの前の罰ゲームには残念極まりない話である。彼らの内片方はだったらサボっちまえよと思ってはいるが、口に出したが最後2次大戦を生き抜いた将校どもからヒンズースクワット5千回の刑が科せられる。
「まずは、カナッツェ。あなたのお父さんはどんな仕事をしてるかな?」
「おとーさんはグンジンさんやってます!」
「残念。じゃあアキラ、あなたのお父さんは?」
 センセー何が残念なのー!? というカナッツェの抗議を実にいい笑顔でかわし、教諭は廊下側に向けてロシアンルーレットを開始する。
「なんだっけ、あの、えーと、おかねのやり取りをする仕事」
「大事なことだね。じゃあキンド、あなたのお父さんは?」
 そして、教諭はキンド少年の回答でようやく目的の答えに行き当たった。
「技師さんです!」
「うん。じゃあ、何の技師さんか知ってる?」
 ここで残念なことに、キンド少年は下を向いたり上を向いたりしながらうんうんと唸りだしてしまった。
勿論このクラスの生徒たちもまた、3等身以内の親族の出自は徹底的に洗われている。生徒の両親は一定期間特に厳重な監視対象となり、そこで東をはじめとした脅威勢力との関係が疑われるとたとえどれ程家が遠かろうと養育院から大分離れた場所で教育を受ける羽目になる。
 茶番だとタカネは思う。要するに教諭は生徒の両親がどのような仕事についているかなど十分に理解しており、身近なところから自国に対する興味を湧かせようという算段なのだろう。
キンド少年はそんな教諭の芝居にも気付かず、「分かんない」としょげた表情を作った。
「たぶんね、キンドのお父さんはアルテモンドの海側にある採掘場で働いてるの。この国で技師だったり技術者だったりする人はほとんどがそう。キンド、帰ったらお父さんに聞いてごらん?」
「はいセンセー質問! 採掘場って何!?」
「オットー、いい質問。じゃあ、今日はそのあたりを勉強しましょう」
 活気あふれるクラスをタカネはどこか斜に構えたように見ている。
勿論タカネにとってクラスメートは大事な友達である。全てをサッカーボール単位で考えようとするが根はいい奴であるオットー、父も一目置く程厳格な国軍の軍曹を父に持つカナッツェは明るいが真面目であり、先ほど横腹をつついてきたエレンとは聖歌隊で知り合って以来の腐れ縁である。
が、何度も何度も繰り返し聞いてきた話をわざわざ家から離れた養育院で聞くのは少々面倒だったし、タカネにとってはもうすぐ大事な大事な舞台があるのだ。
正直に言ってしまえば今すぐ鞄に荷物を詰めてオスピナ先生のところに行きたかった。
「まずは採掘場って何ってところなんだけど、とっても簡単に言っちゃうと地面を掘ってるの」
 本当に平たい説明を始めた教諭に飽き、タカネはぼんやりと教科書を眺め始めた。
 国土面積が小さいアルテモンドは1次産業に適さない。
3方を山に囲まれ平地も少ない土地柄は水はけもあまり良くはなく、おまけにどこの家にもレンガ造りの本格的な暖炉があるほどアルテモンドの冬は厳しい。
子供たちが半そでで過ごせる期間はほんの1カ月程であり、あっという間の春と瞬く間の秋を過ぎれば寒くて雪まみれの冬が訪れる。
タカネがお空を眺めていたのは12月という雪盛りに真っ青に晴れ渡った空が珍しかったからで、視線を真下に落とせばどこまでが養育院の敷地なのかすらはっきりとしない純白の絨毯が広がっている。
よって、タカネがまだ生まれる前、ほんの15年くらい前までアルテモンドの主要な産業は漁業であった。
勿論漁業といっても冬の間は流氷が港湾を閉ざしてしまうし、それでなくとも特にこれと言った特産品もないアルテモンドは交易港としても相手にされず、短い夏に1年分の釣果を上げなければ生活すらおぼつかなかった昔は1カ月半という短い夏を家族総出で海上にて過ごす、というのも珍しいことではなかったらしい。
 ページをめくる。B5サイズの教科書の全面がモノクロの写真で埋め尽くされたページが現れる。
 だが、それもタカネの生まれるほんの15年前の奇跡的な発見で一変する。
それこそが今、タカネ以外の生徒たちが養育院で教育を受けられるようになった理由であり、3方を山に囲まれ外への出口は冬の間使えなくなる海だけだったアルテモンドが一躍名の知れるようになった要因である。
カラー印刷を無理やり白黒刷りしたせいでコントラストが乱れたその写真に写っているものこそが教諭の言うところの「地面を掘っている」ところであり、白黒写真のお陰で歯の黄ばみすら白く映る笑顔のおっさんの後ろにあるバカでかいタンクが精製工場所有の貯蔵タンクである。
「はいじゃあここで質問。タカネ、そこで掘られているのはなあに?」
「セレンをはじめとした希少金属です」
「正解。面白くないわね」
 どうもありがとうございました、とタカネは抑揚のない声で言い、再び教科書に視線を落とす。
レアメタルであるセレンの発見は冬場の猟で猟師が見つけたものだというが、発見者のヨアヒム・ミラー氏(享年45)はセレン鉱山発見の5年後に膵臓癌で死亡している。
ヨアヒム氏はセレン鉱山の事を最初に報告した際、「腐った卵のような匂いのする山中できらきらと光る石を見つけた」と言っており、欧州では採掘量が少ないセレンがアルテモンドで最初に発見された際は硫化セレンの形をとっていた。
当時から既にアルテモンドは半鎖国のような状況であり、唯一アルテモンドが国交を結んでいた国はその話を聞きつけてすぐにセレン精製工場と精製技術を含むODAを約束、それまで冬場は震えるくらいしかやることがなかったアルテモンドの少年少女は現在めでたくも養育院で教科書の写真に落書きをするという恵まれた環境に至る。
 という説明が教諭の口から洩れたことで、本日最後の授業の鐘が鳴った。
「はい、じゃあ今日はここまで。明日と明後日はお休みだから復習をちゃんとしておくように。次の授業では、セレンがどんなふうに使われているか、それがアルテモンドにどう影響したかを説明します。じゃあ起立、」
 礼、脱走と駒を進めた元気印のオットー率いる男子生徒達は教室の扉をぶち破らんばかりの勢いで雪かきすらろくに行われていない校庭に繰り出していく。
罰ゲームの一人が「廊下を走るんじゃない!」と大きな声で注意するがどこ吹く風である。
女子生徒たちは「このくそ寒い中に校庭で走り回るなど」と教諭の去った教室内でしゃべりに話を咲かせ、そしてタカネはといえば教科書と授業中一度も板書をしなかったノートをバックにしまうところでエレンに声をかけられた。
「ねえねえお姫、この後どうすんの?」
「誕生祭の練習がありますから、音楽堂に直行です。エレンはどうされるのですか?」
「あたし? あたしはうち帰ってパパの手伝い。誕生祭は掻き入れ時だからさ、普段は勉強しろってうるさいくせにこの時期だけは店を手伝えってうるさいんだ」
「バートナー菓子店のケーキは絶品です。私も舞台が終わったらお店に寄ろうかと」
「あーダメダメ、うちの人たちもみんなお祭りに行っちゃうからさ。うちのケーキ買うんだったら誕生祭前の方がいいよ、それなら開いてるから」
 そう言うと、エレンは鞄が裂けるのではないかと思える角度で教科書とノートを仕舞い、すっくと立ち上がるとタカネに向けて笑顔を浮かべた。
「お姫頑張ってね、あたし早起きして一番前の席取るから。あたしには良く分かんないけどさ、お姫誕生祭がデビューなんでしょ? 絶対聞きに行くから、すっごい楽しみにしてる」
「…では、私もエレンのケーキを楽しみにしています。形が崩れていたらエレン作だと思ってよろしいのですね?」
 エレンは笑いながら舌を出して手を振り振り廊下へと消えていく。
エレンの残滓を追いかけるように廊下に出ると、すぐ横で罰ゲームの方割れが気をつけ顎引けの最敬礼をしていた。
「姫様、お勤めお疲れ様です」
 呆れたようなため息が出た。もう3年以上の付き合いになるのに、こいつはいつまでたっても態度に変化が現れない。
「…エイフラム、それでは私が疲れます。そんなに気を遣わなくていいと今朝も言ったはずですが」
 と、もう一方の罰ゲームが授業帰りの初等部に550を引っ張られながらへらへらとした声をかけてきた。
「そうだぞエイフラム上等兵、第3廟の役兵たるもの護衛対象者に負担を強いてはならなあーちょっと待って待ってそれダメそれダメそれ引き金」
「…お言葉ですがウィサップ特務軍曹殿、護衛対象者の前で第三者に銃を触られるのは兵士服務法に触れるものと思われますが」
 ウィサップ特務軍曹は笑顔でセーフティをつけた550を初等部の生徒に触らせているが、これはアルテモンド国軍規則第3条2項に明確に違反する行為である。
軍則によれば銃器はよほどの事がない限り貸与者以外に貸し与えてはならず、まして頭に特務が付くとはいえウィサップの階級は軍曹で、このあたりからウィサップの陽気過ぎる性格がはっきりと分かる。
「セフティつけてるし大丈夫だ、お前だってロック解除は子供の力じゃ無理だってこと知ってるだろ。大体お前、この子たちの中から将来国軍を背負って立つ奴が現れるかも知れないじゃないか。俺らの仕事はお姫さんの護衛だが、そのほかにも大事な任務がある、違うか?」
 そして、タカネを護衛して3年になるエイフラム上等兵はひどく頭のお固い人物だった。
諧謔味がないわけではないが勿論それは軍規に触れる可能性がないことが絶対条件であり、ウィサップの言うことに一理あることは十分に承知していながらもエイフラムの顔からは険が抜けない。
「それはそうですが…」
 そこで、エイフラムは服の裾を引っ張られた事に気が付いた。
引いた方を見るとタカネが黙って軍服の裾をつかんでいる。タカネの前でエイフラムとウィサップが軍規どうのこうのというのは何もこれが初めての事ではないし、そういう時は必ず両者の言い分は平行線に終わるのが常で、タカネとしてはこれ以上不毛な会話を黙って待っている気は全くなかった。
「ま、お前には無理かこういうの。さて、お姫さん連れて音楽堂に言って来い。控室の連中に一言言っといてくれよ。俺はこいつらと遊んでから見回りして帰る」
「行きましょう、エイフラム。誕生祭までもう時間がない、練習の時間は少しでも多く取りたい」
「な? お姫さんもそう言ってるし、お前はお前の職務を果たしてこい」
 見回りというのは分かる。ウィサップは生徒が下校した後に爆発物探知機を片手に養育院内をくまなく歩くという重要な仕事があり、爆発物探知機は爆薬が揮発した時特有の臭素を探知するものであるから実際の爆薬発見にはキャリアと勘が物を言う仕事であって、ウィサップはこのあたりの技量が第3廟内でも抜群に優れている。エイフラムにとっては出る幕がないのは十分に分かっているが、それにしても服務時間中の軍人が子供と遊ぶというのは単なる発言としてもどうか―――恐らくはそう思っているに違いないエイフラムを置き去り、タカネはさっさと校門めがけて歩き出す。
日本式の教育スタイルを選択したアルテモンドの養育院は建物内土足厳禁であり、室内履きと称するスニーカーと入れ替えに膝まである長靴を取り出したところで、あわてて走ってきたのであろうエイフラムがようやく追い付く。
「姫様、あれほどおひとりで出歩かないで下さいと申し上げたはずです! どこでだれが姫様を狙っているか分からないんですよ?」
 長靴にすっぽりと足を入れ、
「では、私はあの場でウィサップ特務軍曹殿とエイフラムのやり取りが終わるまで待っていればよろしかったのですか? すぐに解決するとは思えませんでしたが」
 半眼でそう言ってやると、エイフラムはぐぅと言葉に詰まり、喉奥で「いやあれはしかし、」と惨めったらしい言いわけの言葉をねじりだす。
全く、10以上も歳が離れている癖に年下の、しかも女の子に言いくるめられるというのは護衛者としてもどうなのかと思う。
 ため息。
「先ほども言いましたが、もう誕生祭まで時間がない。オスピナ先生も待っていることですし、私は早く音楽堂に行きたいのです」
「それは、しかし、」
 再度のため息。エイフラムがドが付くほど糞真面目なのはこの3年で嫌というほど知っており、それ以上にいじめて面白い男だということも十分に分かっているが、事実あと2週間でデビューだということを考えるとこれ以上エイフラムをいじめて悦に浸っている時間もあまりない。
「ですから、」
 しかたない、助け船を出してやろう。
タカネは靴の中に雪が入らないようにとつけられた長靴の紐を縛り、未だおろおろしているエイフラム上等兵に向けて手を出した。
「ですから、音楽堂までの道中の護衛をお願いいたします。止んでいるとは言え雪は深い、側溝に嵌ったりでもしたら恨みますからね?」
「…了解いたしました。善処いたします」
 全くもう。
助け舟を出したつもりが尚一層全身に緊張感を張り巡らせたエイフラムに向かい、タカネは困ったような呆れたような笑みを浮かべる。




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