声(53)

 養育院は街のどん詰まりにある。
これは養育院が有事の際の避難所に指定されているからで、市街地から養育院までの道は素早く非難が完了するようにしっかりとした舗装と無駄にも思える広さがあり、その無駄にも思える道路には国営第3舗装道路といういかにもいかめしい名前が付いているが、市井においてはそんな有事丸出しの名前よりも道のところどころに立っている案内板に書かれたセント・ヒューリー大通りの方が通りがいい。
養育院からセント・ヒューリー大通りを南に700メートルも歩けば市街地を二分するカテナ通りに差し掛かり、そこを右手に折れて200メートルもしないうちに左手に街の規模からすれば少々大げさな教会が現れ、教会に併設する三角形の屋根がタカネとエイフラムが目指す音楽堂だ。
文字通り積み重なるような家々は豪雪時にも家の外に出られるようにと建物が上に上にと伸びていったからで、天井を突き破るように出ている煙突のせいで通りから見る家々はまるで塔のように見える。
恐るべきことにあの塔ごとに少なくて4、多くなれば10を超える世帯が集まっており、アルテモンドの人口密度と言ったらアリの巣もかくやと言わんばかりである。
いかに希少資源が掘り当てられようと雪がやむわけではないし冬が暖かくなるわけでもなく、それでなくとも厳しい自然環境の中で助け合い暮らしてきた人々は平屋での個人暮らしに抵抗があるのか、国土の南方の山を切り崩して平地に家を建てようという宅建計画は買い手がつかずにずるずると着工を先延ばしにしている。
「今日は珍しいですね。冬の日だというのに日が差していて暖かい」
 正門を出た瞬間から鬼をも射殺しそうな目で周囲を警戒していたエイフラムに話しかけると、案の上エイフラムはタカネの呼びかけにも上の空で「周囲敵影なし、可視100メートルに警戒要素なし」と返事をしてきた。
 ため息。
「エイフラム」
「予備携帯よろし、セーフティ解除よろし、可視50メートルに反射光なし」
「エイフラム!」
「はいっ!!」
 あっちの世界に行っていたエイフラムに少々大きな声をかけると、エイフラムはとたんに背筋を伸ばして気を付けの姿勢を取る。
糞真面目の鏡のようなその様子にタカネは都合何度目かも分からないため息を再度付き、
「エイフラム、そのような目をして周りを見ていては皆さんが怖がります。あまり気を張らなくてもよいのでは?」
「しかし姫様、アンノウンはいつどこに現れるか分かりません。せめて車両に乗っていただければ私もこのような事は」
「いいのです。私が歩くことを望んでいるのですから。歩くことで皆さんの顔を見ることが出来ますし、そこから民の生活を慮るのも王族の務めです。第一―――皆さん車など持っていないのに、車などで動いたら余計に目立つのではないですか?」
 全く、エイフラムの言い分を一々まともに受け取っていたらおちおち外出もままならない。
タカネは「それはそうですが、しかし、」と喉奥でごにょごにょ言いわけをするエイフラムに背を向け、久しぶりの冬の晴れ間に活気づくセント・ヒューリー大通りをゆっくりと前に進んでいく。
 エイフラムの言い分は分からなくもない。エイフラムが先ほどからしきりに気にしているのは東の狙撃手だ。
三方を山に囲まれたアルテモンドではいかに市街の家の背が高かろうと山からの狙撃には事欠かない。
特に鉱物資源が発見された昨今では山頂付近の国防前線の負傷者数も桁が1つ以上は増えており、それでなくとも母親が拉致されそうになったという国防上の大きな失態を経験してからは国軍も要人警護と国境防衛には随分と力を割いているとのことで、国境防衛に当たる第1廟の所属員数はこの10年で倍になったという。
車両に乗って移動すれば音楽堂まではすぐだし、軍用車の装甲なら対人用狙撃銃では抜けないから安全だ―――というエイフラムの言い分も分からなくはない。
 だが、である。
アルテモンドの一般市民に車両の所有が許可されていないのは当時の王女拉致事件の際に敵対勢力が使ったのが民間の私用車だったからで、現在車両の保有を許されているのは王室と国軍と病院だけであり、大通りといえ一般道を車両で走るなどすれば要人が乗っているなどということは丸分かりで、いかな軍用車とはいえ対戦車ライフルでも持ってこられた日には油と鉄屑にまみれた巨大な棺桶の出来上がりだ。
生誕祭当日のパレードでは第1廟の衛兵たちが山間をぐるりと囲んで防衛に当たるというが、そこまでしてあのパレードをする必要があるのかとタカネは常々思っている。
 そんなことよりも、
 タカネがエイフラムにいらない心配を掛けてでもこの道を歩きたいのは、
「あ、姫様! 学校終わったの?」
「ごきげんよう、ペンテレネスさん。はい、これから音楽堂に向かうところです」
「ああ、生誕祭までもう少しだもんね。はい、おばちゃんから差し入れ」
 そう言ってペンテレネス夫人から渡されたのは真っ赤なリンゴであり、夫人の後ろにある配送されて間もないと思しき段ボールの横っ腹には『八戸青果協会』と印刷されている。
輸入商品の卸であるペンテレネス商会の肝っ玉母ちゃんは子宝に恵まれないまま50を数えてしまい、タカネや養育院の学生たちに時折配送されたばかりの売り物の青果をくれたりする。
「よろしいのですか?」
「いいっていいって。腹が減ったら歌も歌えないだろ。おばちゃん楽しみにしてるからね生誕祭。ダンナと一緒に聞きに行くからさ、一丁すごいの歌っとくれよ!」
 そう言ってガハハハハハと笑う夫人に礼を言い、タカネは渡されたリンゴをシャクリと齧る。旨い。後ろでエイフラムがものすごい顔をするが無視する。
それから5歩も進まないうちに夫人の馬鹿でっかい笑い声に誘われたのかエリクシアシューズストアのドアが開き、
「あーっ! ひめさまだ! ひめさま、きょうもおうたうたうの?」
「ごきげんよう、アリエル。ガブリエルはまだ学校ですか?」
「おにいはびょういん。はみがきいやがってたらむしばになったんだって。ばかだよねー」
「いけませんよアリエル。お兄様の事をそのように言ってはいけません」
「はーい」
 うなだれるよりむしろタカネに怒られた事でさらに笑顔を濃くするアリエルに笑い、タカネはあろう事かエイフラムの腰脇から貸与品のブレードナイフをぶっこ抜く。
目を向いたエイフラムを芸術的に無視し、タカネは先ほど夫人から渡されたリンゴの齧っていない側を切り取り、
「私には少々多いので、アリエル、ちょっと手伝ってください。食べたらきちんと歯を磨いてくださいね?」
「アリーはおにいとちがうもん。ひめさまありがと!」
 手を振りながら店の中に戻っていくアリエルに手を振り返し、ナイフを返そうと振りかえるとエイフラムがものすごく疲れた顔をしていた。
「…姫様、お願いですからもう少し、もう少しだけでいいのでご自分の立場をお考えください。これでは私の方が疲れてしまいます」
「エイフラムは少々神経を張りすぎなのです。もう少しリラックスしてもよろしいのでは?」
 エイフラムは護衛としては大変に立派である。
忠実なまでの基本動作の反復は見ていて清々しくなるほどだし、狭い国土とはいえ小路地裏路地を入れればそれなりの数になるアルテモンド市街の道という道が全てその頭に詰まっているのかと思うほど道中の守備的行動は合理的かつ効率的である。
が、いかにタカネといえど内実は10の少女に過ぎず、一緒にいて息の詰まる護衛官よりは話していて面白い護衛官の方がいいと思っていたりする。
タカネが時折エイフラムの目玉が飛び出すような真似をするのはそういった理由からだが、1年ほど前から始めているこの試みは一向に成果が上がらない。
「私も姫様が民と親しく振舞うのは喜ばしいことだと思います。しかし、手渡されるものが全て安全とは限りませんし、世の中には年端もいかぬ危険人物もいるのです」
「夫人が渡してくるのは毒りんごかもしれず、アリエルが実は東の実行部隊かもしれない、と?」
「そうは申しませんが、」
 エイフラムはそこで口を噤んだ。
これ以上の説得は無駄なのかもしれないとようやく悟ったのかもしれず、あるいは彼らが―――このセント・ヒューリー大通りに家や店を構えるアルテモンド市民が実に危険な連中であり、毒を盛ったりナイフを振るったりするような連中かもしれないから注意してくれということの無意味さを今更ながらに感じたのかもしれなかった。
タカネはエイフラムに背を向け、聞くともなしに久しぶりの天気に恵まれた通りの喧騒に耳を傾ける。

―――サーモン3尾がこのお値段っ! 今週限定のお菓子詰め合わせバスケット、売り切れまでもう少しでーす! 薪売りやってます、近場だったら配送もしますよー。スノーシューズの靴底張替は今しかない! 早めにご来店下さーい! ねえ奥さん聞いた? 今度の生誕祭で姫様がデビューらしいわよ。ええ、もうチケットも買ったわよ。ホント? 夕刊の部売りやってまーす! 今日は東から国境を守る第1廟兵士の皆さんのインタビュー特集ですよー! シカ肉セール実施中! ママー、あたしあれ食べたい! 今日の夕ご飯にしましょうね―――

「…エイフラム、」
「はい」
「私が車に乗らない理由、知っていますか?」
「…アルテモンド国軍の装甲車両は雪中走行が可能なように、高い気密性を持っています。しかし、それではこの喧騒は聞こえてこない」
 タカネの目の前には、つかの間の晴れ間に何時にも増して活気づくセント・ヒューリー大通りの街並みが映っている。
夕飯の支度でごった返す通りを歩く連中の顔にはどれも陰気な気配は感じられず、生を謳歌する人々で渦巻く大通りの中には文字通りの活気が渦巻いている。
「私は、この国が好きです」
 タカネはぽつりと零す。エイフラムはそれに頷き、
「小さな国です。ですが、だからこそこれだけの活気で満ち満ちている」
「エイフラムはどうですか? これだけの活気の中を歩くことは、楽しくありませんか?」
「私は―――」
 エイフラムはそこで再び口を噤み、晴れ渡る空と人でごった返す進路を交互に見やり、
「護衛官としては、姫様にあそこを歩いていただきたくないと考えます。人混みがあるということはそれだけ死角があり、結果不測の事態が発生する可能性も高くなります。あそこで魚介類を買いあさる主婦の中に東の工作員がいる可能性は捨てきれず、靴底を張り替える職人たちの中に左脇が膨らんでいるものがいないとは言い切れず、あるいは冬服の中に2キロ以上のC4を隠し持った者がいる危険性は排除できません」
 正直に言えばがっかりした。
エイフラムは筋金入りの頑固者であるが、3年以上の付き合いで決してこちらの意図をくみ取る事が出来ないわけではないことは分かっている。
タカネが街中を歩きたいのは自分の好きなこの国の活気を肌で感じたいからだし、一緒にいる以上エイフラムにもそう思ってほしかったというのは素直な気持ちではあった。
が、エイフラムが言ってきたのはタカネの考えとは全く異質な答えであり、そこには軍人としてのキャリアを歩んだ者特有の冷徹な思考があった。
「…エイフラム、」
「…ですが、」
 この頑固者に何か文句でも言おうとした時、エイフラムは珍しくもタカネの言葉を遮るかのように続けた。
「ですが、姫様。姫様の民を思うお気持ちは、一軍人としてとても嬉しく思います。私も、私の友も、この国を守るために国軍に在籍しています。それは全てこの国を愛するが故の事ですし、何よりも、」

 そして、タカネは、それを見た。
 本当に不器用な笑顔で、エイフラムは笑っていた。

「何よりも、私もここで生まれ育った一人です。私が休暇中なら、ふらふらと店先を除いていない保証もまた、ありません」
 こいつ笑うとこんな顔するんだ―――エイフラムが言った言葉より、その不器用極まりない笑顔の方が印象に残った。



 かろうじて焼け残ったと思しき案内板には『Cent HughLye Hauptstraße』と書かれている。
煤けた案内板にはほかにもなにがしかの文字が書いてあるようだが上記の通り名を書いたと思しき文字以外には何も読み取ることは出来ず、せめて煤を払おうかと指先で案内板を払ったら煤ごと案内板の支柱が倒れた。
何かで舗装されていたと思しき通りは長年の雪のせいか白く層の厚い雪で覆われており、ところどころに露出している氷の層の中には汚泥か煤と思しき黒色が見える。
「何やってんのエンドー、こっちこっち」
 白い息を上げながら手を振るエレンに遠藤も手を振り、長い間人の通りが絶えて久しいと思しき通りの残滓を歩いてみる。
ところどころにあるのは元は家か何かを構築していたであろう骨組のような木材であり、すっかり炭化して黒くなった木材はその大抵が風雪で折れ、あるいは立ち残った物にもうっすらと雪が積もっている。
火事か何かだとは遠藤も思うがそれにしてはどうにもおかしい。あまりにも規模が大きすぎる。
普通人が住んでいる地域で発生した火事はよほどの寸足らずが住んでいるのでない限り初期消火が図られるはずで、しかし遠藤が残る物証を見るだに火災はかなりの広域に及んでいると思われる。
大平原の小さな家ではあるまいし普通人間はある程度の規模で集団生活を営むものであり、ということは当然居住用あるいは商用の建築物がそれなりに密集していたはずで、しかし山裾まで見渡せるこの通りからは方々に突っ立っている炭化した木材くらいしか見つけられない。
よほど大規模な爆発事故でもあったのか、それとも火災の発生時に初期消火がままならないくらいの混乱があったのかは遠藤の預かり知らないところではあるが、それこそが酒気と機内アナウンスに包まれたA380-800の個室でエレンが語った「何か」なのだろうと思う。
 そうこうするうちにエレンに追い付く。
エレンは炭化した木材の前でしゃがんでおり、何を見ているのかと視線をおった遠藤の視界にはやはり何も映らなかった。
「ここね、あたしの家」
 そこには、燃えて炭化して今にも折れそうな、墓標のような材木しかなかった。
「バートナー製菓店って言ってさ。パパとママが二人してやってたお店。生誕祭なんかの時は掻き入れ時でさ、パパは普段あたしに絶対厨房に入るなって言うくせにそのときだけは手伝わせるの。ひどくない? 普段から手伝ってるならまだしもさ、素人にいきなりパウダーシュガー振れなんて言われたって分かんないっつーの」
「パウダーシュガー? ケーキに振る奴?」
「クリスマスだよ。12月25日の。凄いんだよ、この通りを右に折れてね、ちょっと歩くと立派な教会があったの。横には音楽堂があってさ、毎年その日には国中の人が集まって女王様の歌を聴くの」
 言われて振り返ってみる。
ところどころ黒の混じる雪原は一体どこが道なのかも分からず、大体のあたりを付けて周りを見てみるがエレンの言う立派な教会や音楽堂などは影も形も見当たらない。
そこには文字通り草木も生えない不毛ともいえる平原しかなく、遠藤はため息をつく。
「でもね、あの日は違った。あの日はお姫のデビューの日でさ。いつも女王様が歌ってたんだけど、その日はお姫が歌ったんだ。すごくきれいな声だった。あたしとおんなじ年なのにさ、こうまで違うかって思った」
「お姫?」
「知らない?」
 エレンはさも意外だと言わんばかりの顔で遠藤を見やるが、遠藤は遠藤で神奈川で生まれて東京で育った筋金入りの日本人であり、女王だのお姫だの言われたところで正直に言えばピンとは来ない。
遠藤の誰だそれという表情をエレンははっきりと感じたのか「うっそだぁ、絶対知ってるよ」といい、
「だってエンドー、今までずっとお姫のいる職場で働いてたんでしょ?」
 961にはアイドルをキャバクラのような隠語で表現する文化はなかったと記憶しているが、これだけ言っても尚分からないのかといわんばかりのエレンは遠藤の口が疑問を出す前に回答を提示した。

「お姫だよ。今はシジョウって名乗ってるのかな。シジョウタカネ。知ってるでしょ?」

「…四条貴音?」
 四条貴音という名前で遠藤が知っているのは一人しかいない。
『計画』のキーファクターのうちの一つ。
計画の遂行に当たって最も押さえておかねばならないキーマンであり、その重要性は時として黒井社長や10号をしのぐ程の、大江がコントロールする計画遂行のための大切な要素。
「四条貴音ってあの? アイドルやってる四条貴音?」
 エレンはそれ以外にいるか、という表情を浮かべる。
「ちょっと待て、整理しよう。今日本でアイドルやってて、IU決勝まで勝ち残った四条貴音は実はアルテモンド…だっけ、のお姫様で、お前のクラスメートで生誕祭がなんだっけ?」
「だから、今日本でアイドルやってて、IU決勝まで勝ち残ったシジョウタカネは実はアルテモンドのお姫様で、あたしのクラスメートで、生誕祭でデビューしたの」
 話が全く見えてこない、
「すまん、話のつながりが良く分からん。生誕祭でデビューってのは社交界かなんかの話か? それと今俺らがいる野っぱらと何か関係があるのか? そもそもなんで四条貴音は日本でアイドルなんてやってるんだ?」
 エレンは遠藤の矢継ぎ早の質問に困ったように笑い、
「最後のはあたしも分かんない。でも最初のと2番目のは答えられるよ。あたしもその場にいたし、」
 ちらりと視線を飛ばした先には、墓標のような材木が立っている。
「パパもママも、お姉もそこにいた。お姉は生きてるけど、パパとママはその時にね」
「…」
 少しだけ暗い顔をしたエレンに何と声をかけていいか分からずに、遠藤は懐からマイルドセブンを取り出した。
吐息の音にエレンは顔を上げ、
「ああごめんごめん、ちょっと暗くなっちゃった。駄目だね、ここにいると気分沈む! 早く採掘場の視察して宿に入ろう」
 無理やりに明るく振舞っているのはバレバレだった。遠藤はもう一度煙草を吸いこみ、吐きだすついでに、
「お前の親父さんかおふくろさんってタバコ吸ってた?」
「? パパは吸ってたかな。ママは吸わなかったけど」
「あそう」
 言うと、遠藤はいきなり材木の前にかがみこみ、何の遠慮もなく葉っぱが半分以上残る煙草のフィルターを雪の中にねじ込んだ。
長年の積雪は案の上硬く、風もなかったせいか立ち上る白煙はのんびりと材木を追い越していく。
「線香代わり。俺は親父もおふくろもまだ生きてるからな、親に死なれるってのがどんなもんか知らないけど、じいちゃんの墓参りくらいはするからさ」
 そう言って目をつぶり、両手を合わせて目を瞑る。
生誕祭というくらいなのだからキリスト教か何かが国教だったのだろうが、遠藤はあいにくと宗教系に詳しくない。
祖父の眠る墓は真言宗の寺にあり、昔から故人を偲ぶときは両手を合わせて黙祷が遠藤のスタイルだ。
 やがて眼をあけると、エレンが驚いたような表情でこちらを見ていた。
「何よ」
「ん、何でもない。今まで案内してきた961の人たちでそんなことした人いなかったからびっくりしただけ」
 そしてエレンは、にへらと笑ってこう言った。
「ありがと、エンドー」
「おお。感謝してくれ、俺はいい奴だ」
「自分で言う? そーいうこと」
「ああ言うね。俺はいい奴だからな。でもまぁ、恩義を感じるなら一つ教えてくれや」
「なに?」
 そして遠藤は、ためらうことなくこう言った。
「お前の国を野っ原にしたのは、一体なんだったんだ?」





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