声 (8)

 駅の地下をくり抜くように作られた駐車場に車を止めて連絡道を通り、駅からのアクセスを売り物にする大型家電ショップの電磁ゲートを通りぬけようとしたあたりで貴音の目が点と形容しても何の差し支えもない形になった。
ぼんやりと呆けたように口をあける様は先ほどまで行っていた収録時にはあった堂々たる佇まいは微塵もなく、大江の眼には貴音の様子が丸腰で前線に立たされた一兵卒のように見える。
「よう貴音、どうした?」
「あ、あの、大江様、ここは?」
「家電屋。駅前の。なにお前来た事ないの? こういうトコ」
「―――はい。あまり…その、これほど人が多いところに足を運んだことは一度も、」
 大江は少しだけ頭を振って、まさしく獄卒の門を見るような眼つきで電磁ゲートを見ている貴音に溜息をひとつ出す。
 貴音のプロデュースはまだ2週間ほどしかやっていないが、正直な感想を言えば経験豊富な大江の目から見ても「四条貴音」のアイドルとしての素養は他とは郡を抜くと思う。
ルックスやダンス、歌のうまさは言うに及ばずだが、それ以上に「魅せる」あるいは「見られる」と言う事に関しては貴音以上の才覚をもったアイドルを大江は見たことがない。
生れながらのと言う形容詞はあまり好きではない大江ではあるが、収録中のみならず練習中にも垣間見ることができる「四条貴音」のカリスマ性は天性のものだと思う。
 が、その辺りはまさしく四条貴音本人にとっての弱点ともなりうる部分で、アイドルではない一個人として四条貴音を見た場合の貴音には恐ろしいほど庶民感覚が欠落している。
何せテレビとは何ですかだ―――聞けば貴音が黒井から宛がわれたマンションにはベッドと机しかなかったらしい。
テレビやビデオもない部屋では生活が行き届かないのではないかと言う問いには「細々とした事はすべて黒井殿のスタッフが行ってくださいますので」と返された。まるでどこぞの王族のようだと思う。
「んなことないだろ、収録の時だってたくさんファンがいたじゃねえか」
「ファンの方々がいるのはステージの下です。ステージの上には私一人ですから」
 このあたりは765のアイドルにはないキャラクター性だと思う。
余人が言えば嫌味にも聞こえる言葉だが、貴音が言うとそう言うものかと思ってしまえるのが我ながら笑える。
「同じ目線に降りるのは初めてか?」 
 いつまでも電磁ゲートをくぐろうとしない貴音を追い越して後ろを見ると、貴音はまるで飼い主に捨てられた子犬のような表情を浮かべて大江を見ていた。
一瞬このまま貴音を放って先に進んでしまおうかとも思うが、それをやった日にはどんな報復があるか分からない。何せ相手は女王様である。
「…大江様、お体は大丈夫ですか?」
「別に何にも盗っちゃいないしな。早く来いよ、さっさとテレビ買っちまおうぜ」
 はい、と返事をする割に貴音は電磁ゲートをくぐろうとはしない。
何度か唇を噛んで前に出ようとはしているようだが、一体何をそんなに気にしているのだろうか。
後ろを見るとたかが入り口ゲートをくぐる事に躊躇している銀髪の少女を珍しがっているのか幾人かのギャラリーが出来つつあり、大多数のギャラリーの眉間には「何をもたついているのか」とはっきり書いてある。
大江としてはさっさとこの場を逃げ出したいと言うのが隠しようのない本音である。
「貴音?」
「は、―――あの、大江様」
「何よ」
「このゲートは、何ですか?」
「何って、電磁ゲートだろ。盗品探知用の。どこにでもあるじゃねえかこんなもの」
「…どっ、どこにでも…!?」
 驚き飛び下がる貴音の表情にはギャラリーを驚かせようという意思は全く見えない。
まさか本当に知らないのだろうか、というどよめきがギャラリーから起きる。
ちょっと面白くなって貴音の次の行動を見ていると、貴音は恐る恐ると言った表情で、
「大江様、これは―――その、人体に何か甚大な被害を与えたりは、」
「しねえよ」
「では、例えば何か特殊な電波が」
「ねえって」
「では、ここを潜った瞬間に防衛用の」
「もういいや俺先行くからな、3階のテレビ売り場。ちゃんと来いよ」
 悪戯心のままにそう言うと、貴音は子犬の表情に豆柴を思わせる不安な色を浮かべた。自分には多少Sの気があるのではないかとふと思う。
貴音の尋常なからざる様子はこのやり取りのわずかな時間で相当数に膨れ上がったギャラリーにも伝わったらしく、今まで早く入れと催促していた連中も今は固唾を飲んで貴音の後ろ姿に臨んでおり、意を決したらしい貴音が生唾を飲み込む音に促されたのかギャラリーの前列もまた喉をごくりと鳴らす。
 子犬の瞳に、意思が宿る。
「―――行きます」
 瞬間、その場にいたギャラリーたちの耳から完全に音が消えた。
環境ポイント還元を声高に歌う店内スピーカーからの音も、省エネと省スペースを売りにする新型洗濯機を紹介する店員の我鳴り声も、別枠で迷子のお知らせをする若い女のアナウンスとマイクに漏れ伝わった迷子の子供の泣き声も、そのすべての音が家電売り場地下2階の駐車場口の前に集まったギャラリーたちの耳には届かない。
今から核弾頭のスイッチを押すために司令室に入るとでも言うような震える右足をゲートラインに突っ込んだ貴音は、そこで右足を突っ込んだところで何も起きないという事をようやく悟ったように駐車場側に残した左足を店内側に引き抜いた。
「…大江様、何も起きませんでした」
「―――…何つーか、お疲れさん。いろいろと」
 絶対に何かが起こるに違いないと確信していたかのような貴音の表情が緩んだ瞬間、地下二階にある駐車場口を中心に弾頭が破裂したかのような歓声が起こる。
拍手や歓声に混じって携帯のカメラを構える者だけでなく念仏を唱える者もいる。
なんだか途方もなく恥ずかしくなった大江が「惜しみなど一切ない」とばかりに称賛の拍手をゲートの向こうから送ってくるギャラリーから視線を外して店舗側に視界を向けると、店舗側にもいたギャラリーの中にはあろうことか感動の涙を流す者までいた。
居心地が悪いと感じる大江の脳の隅の方に、唐突に「平和」という単語が去来する。
「…俺さ、プロデューサーになって結構長いんだけどさ、」
「大江様?」
 途方もない歓声の中、音の戻った地下二階のゲートの前で大江を見上げた貴音の視界には、スーツの肩もずり落ちよとばかりに脱力した担当プロデューサーの顔があった。
「入り口ゲート潜るだけで歓声起こるアイドルって初めて見たわ。すげーなお前」



 驚きの脱水率を誇る実演中の回転式ドラム洗濯機の蓋を開け、省エネを売りにする冷蔵庫の冷凍室の扉を全開にして保冷強度を「最強」にして販売員の顔を青くし、水蒸気調理が売りのグリル加熱機のオープンハッチを押しまくり、有効射程範囲が畳12畳分の除湿機の除湿設定を「強」に設定して到底12畳ではおさまらない売り場の湿気と戦わせ、ついでにウォシュレット便座のビデボタンを押して逃げるという蛮行を犯した貴音を諫めているうちに大江の体力は恐ろしいほど消費された。
何が悪かったかと言えば「こんなところに来たことはないからいろいろと回ってみたい」と言う貴音の申し出を受理してしまった大江が悪いのだが、大江の眼には最早貴音がイタズラ好きの困った少女としか映らない。
当の貴音はと言えば「とても面白ものを見つけた」と言わんばかりの笑顔であり、ついさっきまでは3階テレビコーナーの前の電気スタンド売り場で係員を質問攻めにしていた。
「大江様、“すたんど”と言うのは非常に明るいのですね」
「お前楽しんでるだろ。楽しんでるよな。絶対そうだよな」
「いけませんか?」
 仕事を楽しめるのはいいことだとは大江も思う。
しかし、それにしても今の貴音からはいつも身にまとうクールなイメージなど一欠けらも感じられない。
「いけないってこたねえよ。でもな貴音、今日はテレビ買いに来たんだテレビ。洗濯機の中身ぶちまけに来たんじゃねえよ」
「あ、あれは私も驚きました。まさか衣服が飛び出してきてしまうとは」
 よくよく聞いてみれば、黒井が準備した貴音の家にテレビは置いてなかったらしい。
いくらテレビを不必要と感じようが客観的な視点から己の姿を確認するという点でテレビやビデオの存在はアイドルにとっても不可欠である―――大江の直言を受けた黒井はムカつく事に「ならばこれを使うがいい」と言ってゴールドのクレジットカードをポンと渡してきた。
限度額いっぱいまで使い込んでやろうと本気で思う。
「…まあ、そう言う意味ではテレビは安全か。何も飛び出したりはしないからな」
「そうですか…。少し、残念な気がします」
 冗談じゃねえ何が出んだ何がと呟く大江に笑いかけ、貴音は電気スタンド売り場から踵を返した。
まったく―――大江は思う、入り口ゲートで貴音が豆柴になったのが遠い昔の事のように思える。
確かに貴音は一般的な常識には欠けるところがあるが、一度教えたことは忘れないし異常なほどに飲み込みが速かったりもする。
ちゃんと教えてあげれば「四条貴音」の売り方にもバリエーションが出るのかもしれない、そう思いながら貴音の背中を追いかけた大江はそこで不思議なものを見た。
 棚に陳列された実演放送中の無数のテレビを前に、貴音の背中が固まっている。
「…おい貴音、今度は何だ」
 最早疲れ切った大江の声は、しかし貴音の耳に聞こえたらしかった。
貴音は実に驚いたような表情で大江を見上げ、開口一発、
「大江様! 画面の中に小さな」
「人が入ってる訳じゃないしテレビの下に棒きれ持ったおっさんがいる訳でもないからな!」
「…大江様は、いけずです」
 最早やけっぱちになった大江の声に貴音はシュンと小さくなる。これじゃまるでマンガのやり取りだ。
テレビや冷蔵庫などと言った基本生活に欠かせない生活物資については恐ろしいほど基礎知識がないくせに、貴音は一体どこでこんなやり取りを覚えたのだろうか。
「…全く。貴音、早いとこ好きなテレビ選んでくれ。―――ああ違う、そっちはホームシアターだ」
 ではと言って隅の大画面テレビコーナーに進もうとする貴音の肩を引っ掴んで無理やりに16インチから42インチのテレビの棚の前に戻すと、貴音はそこでふとこんな事を言った。
「好きなもの、と言われましても…。大江様は、どんなものが宜しいのですか?」
「いいよ別にお前の気に入った奴で。俺が使うわけじゃないし。でもそうだな、ビデオの事も考えたらHDD内蔵型の方がいいぞ。昔風に言うならテレビデオか」
「“えいちでぃーでぃー”とは何ですか?」
「…適当に好きなの選べ。付いてっか付いてないかは俺が判断するから」
「では、あそこの奇抜な頭髪をした殿方の映ったものか、あの太った殿方の映ったものを」
 奇抜な頭髪とは丁髷であり、太った殿方と言うのは力士の意であり、そのどちらも映していたのは42インチ型プラズマディスプレイ無反射型の一般家庭では到底見ることのない値段の代物だった。
「…いやまあ見やすいだろうけどな、…もういいや、俺が選んだ中から気に入ったの選べ。それで満足してくれ頼む。あとそうだ、なあ貴音」
「何でしょうか」
 恐る恐ると言った表情の大江に貴音は心の底から湧き出た疑問で表情を作る。
大江はそんな高音に向けて最早隠しようのないほどの盛大な溜息をつき、「できません」と言われたらどうしようかと考えているのがバレバレな口調で恐るべき事実の確認をする事にした。
「―――お前さ、テレビの電源くらい入れられるよな?」
 そして貴音は、大江の予想の斜め上を行く素晴らしい回答をした。
「大江様、“でんげん”とは何ですか?」



 そもそも最初からテレビを貴音の家まで運びこむつもりだったしコードケーブルの類の設定くらいはやって帰るつもりだったが、まさか電源の入れ方から録画ユニットの動かし方までを教えることになるとは露ほども思わなかった。
大江と貴音と35インチのテレビを乗せた車はのんびりと公道を進み、貴音が住まう高層マンションの駐車場に車を留める時には既に夜の帳は下りていた。
運転席から降りて伸びをするついでに下から見上げたマンションは途方もないほどの大きさで、大事なアイドルとはいえよくもまあ黒井は都心からほど近いこんな高級マンションをFランクアイドルにあてがう気になったものだと思う。
「…しかしでかいなあ。お前なに、こんなところに一人で住んでるの?」
「朝夕は黒井殿のスタッフの方がお見えになります。ですが、ここで寝食を共にする人は今のところおりません」
「へえ。寂しくない?」
 何気ない質問に貴音は一瞬だけ虚を突かれたような顔をした。しかし、貴音はすぐに顔つきを改め、
「王は常に孤独―――そう教わりました」
「誰に」
「父や母、黒井殿も同じことを言います」
 大したタマだ、と大江は思う。
後部座席を開けて35インチが入るダンボールを取り出すと、貴音はそこで少しだけそわそわしたように、
「ですから、スタッフの方以外をあの部屋に招くのは初めての事です。―――その、あまり広くは、」
「いいよ別にテレビの設定するだけだしさ。あんまり深入りするなって黒井のおっさんには言われてるしな。俺は気にしない。―――あれ、いやむしろここは俺が気にするところか?」
 窺うような疑問に貴音は目をぱちくりさせ、ついで少しだけ寂しそうに笑う。



 鍵はカード型だった。本当に金のかかったマンションだと思う。
大江が通されたのは16階建てマンションの最上階であり、最上階であるからして敷地面積はこのマンションの中で一番広く、天窓まで取られた部屋にテレビを抱えて入った大江はそこで不思議な部屋を見た。
何もない―――と言えば確かに語弊はある。ベッドはあるし机もあるし一つだけだが椅子もある。
しかし、貴音くらいの年ごろなら持っていてもよさそうな洒落たコートの類や本どころか、およそ生活に必要そうなガスコンロや電子レンジどころか冷蔵庫すらない。
ひたすらに真っ白な部屋には生活の痕跡など微塵もなく、本当に貴音はここで生活しているのかと思う。
「…すみません、なるべく綺麗には使っているのですが」
 綺麗過ぎる。
新築の部屋でもこうはいかないとばかりに掃除の行き届いた部屋には埃など一欠けらも存在せず、これならまだ滅茶苦茶に汚れていた方が人間らしくていいとすら思う。
生活臭の存在しない部屋に先に入った貴音は部屋の中に大江を招き、おそらくはテレビモニターを置く事を念頭に置いた設計であろう壁の出っ張りを指さした。
「テレビは、あそこに置けば良いでしょうか?」
「…あ、ああ。そうだな、ってか他に置く場所ないだろここ」
 大江の軽口に貴音はそうですねと薄く笑う。
大江はそんな貴音の顔を一度だけちらりと見て、懐を漁ろうとして煙草がない事に気が付いた。
「さて、さっさとやりますか。貴音、ちょっと手伝ってくれ。とりあえず今日中にテレビ見れるようにしておこう」
 はい、と返事をする貴音の顔には、どこか生気が感じられなかった。



 出して繋いで設定をして、ついでにリモコンに付属の電池を入れればテレビはばっちり映る仕様だ。
驚くほどスムーズに言ったところを見る限りこのマンションはケーブルテレビか何かに団体加入しているのかもしれない。
「いいか貴音、これが電源ボタンだ。丸に毛が生えてるだろ、それを押すとだな、」
「はい」
 恐る恐ると言った形容詞が綺麗に当てはまる貴音は震える指でリモコンの電源ボタンを押した。
すぐに地上デジタルの綺麗な画面が表示され、貴音の目が点になる。
「んで、選局したい時は番号の入ったボタンを押すわけだ。ああ違う違う下の方、上のは録画したビデオ用の専用」
「はあ」
 ピコピコと貴音がリモコンを弄るたび、画面は実に忠実に様々な番組を映し出す。
なるほどと頷きながらリモコンを弄る貴音の顔は新開発の素材を扱う工場ラインの技術者のそれであり、大江はそんな貴音に安堵のため息を一つだけ漏らす。
「すごいですね、“りもこん”と言うのは」
「日研の連中が聞いたら泣いて喜ぶだろうなそれ。まあいいや、ちょっとリモコン貸してみ?」
 素直に渡してきたリモコンを受け取ると、大江はそこでCSのボタンを押した。
通常契約では見る事の出来ないペイチャンネルだが、どうやらこのマンションはこのあたりまで団体加入の範囲内らしい。
ペイの中にはもちろん色々な種類があって、ニュース専用から始まる専用線には様々な番組が提供されているらしかった。
ニュース、海外ドラマ、野球、サッカー、アニメ、ショッピング、
「んで、もう一つ先が、」
 大江はそこでリモコンを貴音に渡した。何かと思う貴音に大江は眼だけで次に回せと伝え、貴音は素直に言う通りにした。
 テレビの画面右上に、「発掘! アイドル大辞典!」というテロップが表示された。
「これが、FからEレベルのアイドルがよく出てくる専用番組。この間お前が参加した収録もこれ。暇があったら見ておけ、ライバルの動向も分かるぞ」
「分かりました。CSのボタンを押せば宜しいのですね」
「ああ。それで画面の右上にCSって紫色の表示が出るから、そうしたら数字のキーを」

―――さあ、次に登場するのは765プロから彗星のように現れた庶民派アイドル! ひょっとしたらあなたの隣にいたかもしれない可愛いアイドルの登場です!! これからの季節にピッタリな「太陽のジェラシー」を歌うのは、新人・「天海春香」!!

 スピーカーから聞こえた声に、大江はその一切の動作を止めた。
貴音は呼吸すらも止まったかのような大江に驚き、大江の視線が一心に注がれるテレビに映る新人のアイドルを見た。
35インチに映る「天海春香」は画面のこちら側にいる貴音に向かって深々と一礼をし、胸に手を当ててひとつ深い深呼吸をする。
しかる後に「天海春香」は袖のだれかに向かって一度だけ頷き、見ていて眩しいほどのまっすぐな視線を貴音に向かって投げてきた。
「…大江、様?」
 大江は動かない。瞬きすらしない。
画面の中でイントロに合わせて踊り出す「天海春香」と言う名前のぽっと出を果てのないほど冷静な目で見つめている。
 「天海春香」が、息を吸った。

♪ もっと遠くへ 泳いでみたい ♪

 新人とは思えないほどの堂々たる歌い出しに、大江の眉がぴくりと動く。

♪ 光満ちる 白いアイランド ♪

「―――あいつ。そうか、そうだな」
 呟きに弾かれたように横を見た貴音の瞳に、途方もないほど貪婪な光を湛えた大江の顔がある。

♪ ずっと人魚になっていたいの ♪

「貴音、こいつの顔を覚えとけ」
「『天海春香』、ですか?」
「ああ。…多分、こいつがお前にとって、最大の脅威になる」

♪ 夏に今 Diving ♪

 机一つ椅子一つ、ベッド一つにテレビ一つ以外には何もない広い部屋の真ん中で、大江と貴音はまっすぐにテレビを見ている。

 35インチのテレビが狭いとばかりに跳ねまわる「天海春香」の陽光のような笑顔を、微動だにせずに見つめている。



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