BST-072 (3)


3.

 亀山工場もびっくりの馬鹿でかいモニターには0と1の羅列が並んでいる。まだグラフィック用のインタプリタは噛ませていないので、とりあえず送られてくるデータの整合性を確かめるためにモニターに表記させたのだ。
進藤はとりあえず印刷できるまでに処理したデータをプリントして整合性を確認しに行き、いまモニターを占領しているのは所長一人である。
先ほど追跡班がGPSの結果を見て小躍りしていたから、おそらくドールはターゲット潜入に成功したのだろう。
 と、そこで渡部がコーヒーを持って現れた。あら所長、という呟きがモニタールームに漏れる。
「所長、深山君が探してましたよ。また黙ってデバイスいじったんですか」
「黙ってない。あとから言おうと思ってただけ。てかインタプリタの準備ってまだなの? これじゃ全然分かんねえよ」
 それを黙ってたって言うんです、と呟き、渡部はコーヒーカップをコンソールの手前に置いた。
視線を上げるとモニターの右隅には0111 0110 0101という数字が並んでいて、溜息をついて渡部は所長を見遣る。
「どーせアナクロじゃないですか。コンパイラ噛ませなくたって遠くから見ればわかるでしょ」
「社長に向かってそれ言ってみろお前、あっという間に段ボール布団だぞ」
 はいはい、と渡部は適当な相槌を打つ。
さっきちらりと見たが、仮眠室ではハードウェア担当が揃いも揃ってヒロポンをキめたヤク中のような恰好で寝ていた。凄くうらやましかった。
 二つ隣の部屋にある変換チームの部屋は発狂寸前にまで追い込まれた白服たちが目の下にクマまで作ってモニターと不毛なにらめっこをしている。
突然のエラー値に変換チーム全員が仮眠からたたき起こされたためだ。その原因ともいえる所長が黙ってモニタールームにいると知ったら変換チームはどうするだろう。
「真面目に仕変これっきりにしてくださいよ、私明日デートの予定だったんだから。どーすんですか婚期逃したら。所長に責任とって貰いますからね」
「やだよ面倒くせえ。仕方ねえだろ、あのまんまじゃ俺たちの子供から送られてくる情報精度ガタ落ちだぞ。プライドが許さん」
「とか何とか言って、社長に首切られるの嫌なだけでしょ。これから冬になるんだから、段ボールのお布団は寒いでしょうね」
 しかし―――と渡部は思う。おそらく『プライドが許さん』というのは所長の本音だろう。
どうも所長は自分の作ったロボットを本気で子供か何かと思っている節があり、原形を猫かわいがりしている所長の姿を見た新米の須藤が思いきり引いていた。
 起動時ひとつ取ってもそうだ、たいていの技術者ならデバイスはどうとか問いかけをするはずなのに、所長と来たら「気分はどうか」と聞いている。
自分の子供がかわいいのは分からないでもないが、そのせいで深山も狭くはない研究所を駆けずり回る羽目になった。なるほど、三河ではないがシャブでもキめなきゃやってられないとは思う。
「まーとにかく、深山君探してましたからね。あたし伝えましたからね、バっくれたら簀巻きになるの所長ですからね」
「へいへい。あーやれやれアイツ頭かてーんだよなーどーすっかなー」
 反省の色など微塵も見せずに所長はモニタールームを後にする。
バタンと閉じられた扉に向かって中指を突き立て、渡部はコーヒーを一気に空けてコンソールの椅子に座る。
渡部も渡部で暇ではなく、送られてきた0と1の無常な数字に向かって不毛ともいえる戦いを敢行しようとする。

モニターの左上には、「BST-072 Broadband line」と書かれている。



 社長室が大混乱になった次の朝、今度は事務所全体が大混乱に陥った。
 朝一でスタッフ全員を集めた社長の第一声は『驚かないでほしい』であり、朝から酒でも飲んだのかと半分可哀そうな人を見る目で社長を見遣ったスタッフは次の瞬間ド肝を抜かれた。
何せ海外に行っているはずの千早がひょっこり社長室から現れたのである。これで混乱しない方が無理だろう。
「あー、彼女はメカ千早君と言ってだね。えー、私からもちょっと説明しにくいのだが、どうも彼女はロボットらしい、よ?」
 何言ってんだこいつ―――と言うスタッフの視線に全く怯むそぶりを見せず、メカ千早はスタッフに向かって千早らしからぬにっこりとした笑顔で、
「識別名証BST-072、メカ千早とお呼びください。これからこちらにお世話になりますので、よろしくお願いします」
 765プロの始業開始は9時であり、社長がスタッフを集めたのも9時だった。
が、結局混乱が収まるまでにはたっぷり1時間掛かったし、その後未だ夢を失わない男性スタッフは「ロボットってあれか!? 鉄腕アトムみてーな奴か!?」「ばっかお前、千早ちゃんみたいな子が空飛んだりするわけねえだろ!?」という全くもって不毛な会話を、女性スタッフは「ねえロボットってどういうこと?」「分かんないけど社長のことだしまた何かよく分かんないのでも食べてたんじゃない?」「あーありうるー」という真に残念な会話をしている。
事務室を大混乱の渦にたたき落とした下手人二人は早々に社長室に引っ込んで、事前に事情を知っていた美希と律子はその様子をどこか夢のように思っている。
「…何か、すごいことになっちゃったね」
「私はこんなもんじゃないかと思うけどね。それより、その紙袋何?」
 律子の問いに、美希はああ、と手に提げていた袋を取り上げ、
「メカさんの着替え。ミキのだけど。メカ千早さんって服とか持ってないんでしょ? 着たきりってちょっとかわいそうってミキ思うな」
 この子はどこか抜けているんじゃないか、と律子は思う。とはいえ、イメージ保護のためにメカ千早を事務所にかくまうように陳情したのもまた律子である。
 説明が大変なのでそんな事態は起こらない方がいいが、事務所にもテレビやラジオの取材が来ることだってある。鉢合わせしたときに着たきりでは確かに外聞も悪かろう。
 まあいいや、と律子は頭をふってそれ以上の思考をいったんリセットすると、
「ま、服は後でも渡せるでしょ。今日は朝から営業の予定だから、打ち合わせしたらすぐに出るわよ」
「え、メカさんに服渡したいの」
「後でも渡せるって。こっちは急ぐんだから」
 今日の営業は都内のCDショップで新曲のプロモーションだ。開店と同時に営業開始なので、実のところあまり時間もない。
とりあえず今日のところは小鳥も出社しているし社内のことはどうにかなるだろうと思い、律子はいまだぶーたれる美希の背を押して自分の机に運んでいく。


「…それは、何をしているのですか?」
 小鳥が顔をあげると、メカ千早が興味深そうに―――小鳥にはそう見える―――小鳥の手元を覗き込んでいた。
あれ、と思って机の時計を見ると、間もなく昼食の時間だ。見回すと朝方あれだけガヤ付いていたスタッフの姿もない。
 なるほど、と思う。多くのスタッフは昼食を外で済ますので、事務所には小鳥をはじめとした弁当派しか残っていない。
ロボットが退屈と思うかどうかは別にしても、トラブルなくメカ千早を社長室の外に出すのはこの時間がベストだろうとは思う。
「えっと、今度の美希ちゃんの渉外資料よ。…あー、渉外って言って分かる?」
 するとメカ千早は机から視線を外し、ほんの少しだけ目を閉じてこう言った。
「営業に関する資料、と言ったところでしょうか」
 そうそうそんなもの、と小鳥は実に適当に言い、スタッフが外出しているのをいいことに隣の席から椅子をかっぱらってメカ千早に引いた。
素直に引かれた椅子に座ると、メカ千早はまじまじと小鳥の手元を観察しに戻る。
「私もそろそろお昼にしよっと」
わざとらしく小鳥は一言置いて鞄から今日の昼食をとり出した。こう見えて小鳥は結構家庭的なところがあって、朝よっぽどのことがない限り結構凝った弁当を作ってくる。
今日の昼飯は天麩羅とほうれん草のお浸しに三色弁当である。
 と、ここで小鳥は思い出したかのようにちょっと笑った。
「…?」
「ああごめんなさい、あなたのことじゃなくて―――」
 メカ千早の視線を感じたのか、小鳥は寂しそうに笑いながら視線を3つ前の机に飛ばした。
机はずいぶん整頓されていて、まるでそこには座るべきスタッフがいないかのような雰囲気だ。
「…プロデューサーさんね、天麩羅が好きで。私が持ってくるとこっちのことずっと見てるの」
 お預けって言われた犬みたいにね、と小鳥は笑った。
「プロ、デュー、サー、サン」
 そこで小鳥ははっとしたような表情を見せ、
「そ、そういえばあなたゴハンは? …食べる、のかしら?」
「固形食は必要ありません。ゴハン―――燃料は先ほどタカギ社長からいただきました。大変驚かれていましたが、快く頂くことができました」
 ?
 小鳥の不思議そうな表情を見て、メカ千早は視線だけを小鳥の席の後ろにあるコンセントに投げた。
ああなるほど、ロボットさんは電気で動くんだもんね、と納得しかけ、
「どっ、どうやって!?」
 何せ社内にセクハラ対抗用のコミュニティができてしまう社長である。もしふざけた真似しやがったらこの野郎ただじゃおかねえからなとこの間も労協で言ったばかりなのに、またふざけたことをし出したとしたら―――。
 小鳥の頓狂な声に、事務所に残っていたわずかなスタッフが何事かと小鳥を見遣る。
と、メカ千早はいきなり左手を突き出し、丁度手首のあたりをばこんと外した(・・・)
「〜〜〜〜〜〜!!??」
 小鳥が文字にできないような驚きの声を上げる。左手首の外れた前腕にはだらりと伸びるコードの他にコンセントプラグが格納されていて、メカ千早は右手でコンセントプラグを引っ張り出すとのそりと立ち上がってコンセントに差した。
「このようにしてバッテリーに蓄電します。充填が十分なら、私は最長で86時間の活動が可能です。…コトリさん、大丈夫ですか?」
 すっかり腰を抜かしてしまったような小鳥を見て、メカ千早は心の底から心配そうな表情を見せた。
「…い、一生分驚いた気がする…」
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
 律儀に謝ってくるメカ千早に首を振ると、小鳥はジェットコースターから降りた乗客のような表情を見せ、
「いやその、ごめんなさい。えーと、うんそうそう、あなたロボットだもんね。千早ちゃんじゃないもんねそういう事があってもいいのかなあはは」
乾いた笑いを漏らした。メカ千早はもう一度すみませんと言うと、再び興味深げに書類に視線を戻す。

 と、カメラアイが『Kisaragi』という文字を発見した。

メカ千早は体内カウントが10数えたところで、小鳥にもう一度向き直る。
「これは、オリジナルの資料ですか?」
 はめ直した左手で指した書類を見ると、小鳥はああ、と書類の山積した机から件のプリントを引っ張り出した。
プリントには英字で『Chihaya Kisaragi Charts in US』と書かれていて、その下には丸っこい手書きの文字で『千早ちゃんの海外チャート順序と売り上げ』と書いてある。
「資料っていうか、今千早ちゃんが海外で活動してるのは知ってる…よね?」
 引っ張り出された千早の売上表を見ながら、メカ千早はこくりと頷く。
「この間向こうのランキングが発表されて、日本でも千早ちゃんのCD売ろうって話が出てるの。それで、販促用の資料を作るのに必要になったんだけど、」
 そこで小鳥ははたと気づいた。
そういえばまだメカ千早は完全に社長から信用されているわけではない。なし崩し的に社内にはいるものの、ひょっとしたらメカ千早にこれらの資料を見せるのは会社的にまずいのではないか。
小鳥はそう思い、冷や汗の浮かんだ視線をメカ千早に投げて、

 そこで意外なものを見た。
メカ千早が、凄まじく真剣な表情でチャートを見ている。

 まるで文面を丸暗記しようとしているテスト前の学生のような表情を見て、小鳥はひょっとしたら、と思う。
「…あなた、千早ちゃんに会いたいの?」
 言葉にメカ千早は小鳥をじっと見つめ、まるで無表情を絵に書いたような表情を見せ、
「可能なら」
 恐らくメカ千早の希望はしばらく叶えられない、と小鳥は思う。
そもそもメカ千早をここに置いているのは下手に外で何かやらかされたらイメージ悪化は避けられないという理由で、と言う事は少なくともロボットの裏が取れるまでは外出すらも厳しく制限されるはずだ。
美希がそこまで考えていたかどうかは別にして、着替えを持ってきたのは素晴らしいと小鳥は素直に美希を評価している。
「まあ、その辺は社長にお願いするとして。すぐに千早ちゃんに会うのは難しいと思うけど、もし午後時間があるんだったら千早ちゃんのCDはあるわよ」
 ちょっと情が動いた。
今日は確か美希以外のアイドル候補生は出社しないはずなので、借り事務所にもある音響部屋はたぶん空いているはずだ。
下手に動きまわられるよりは音響部屋にいてもらった方がいいだろうし、何よりあんな真剣な表情をされるならCDを聞かせるくらいはいいのではないかと思う。
「よろしいのですか」
「社長がいいって言えばね」
 そうですかと返事をし、メカ千早はゆっくりと席を立った。
「お食事の邪魔をしてすみませんでした。後でタカギ社長に伺ってみます」
 そう言うと、メカ千早は一礼して小鳥に背を向けた。
どうやら次の標的は他の弁当派スタッフらしい。小鳥の見守る前で、メカ千早は先ほどの左手ばっこん事件で完全に腰が抜けているスタッフに向かって質問攻撃を再開しにかかる。



 すっかり日も落ちて営業から帰ってきた美希と律子は、この時間なら誰もいないはずの音響部屋で不思議な光景を見た。
スタッフが勢ぞろいして音響部屋に張り付いているのである。何やってんだこいつら、と疲れた視線で群衆を見遣ると、律子の視界に頭を抱えた社長とおろおろしている小鳥の二人が目に入る。
「社長、ただいまなのー」
 ただならぬ雰囲気を感じる中、美希はとりあえず社長に帰社を伝える。
社長はああ、と良く分からない返事を返し、小鳥はとりあえず帰ってきた二人にお帰りなさいと言った。
「…何? 何やってんのスタッフ?」
 すでに時計は7時を回っている。765プロの定時は9時から5時までで、しかも今は年末でもないのでそれほど残業する必要もない時期だ。
律子の何やってんのという問いに小鳥はあああ、とこれまたよく分からない声を漏らし、
「メカ千早ちゃんが、その、えーと」
 いまいちどころか全く要領を得ない回答に業を煮やして社長を見ると、社長はバツの悪そうな顔をして、
「いや、メカ君が如月君の歌が聞きたいというのでね、音響部屋を使っていいと言ったんだが」
 言った程度でこうはなるまい。律子がスタッフをかき分けて音響部屋を覗き込むと、律子の眼には予想の斜め上を行く光景が展開されていた。

 メカ千早が、コンソールの前に座っている。

 それだけならまだいい。問題はどうやって聞いているかで、恐ろしいことにメカ千早はコンソールから本来ならアンプに繋がるはずのケーブルを引き抜き、あろうことか本来は毛髪で隠れているであろう自分の首筋の後ろにあるソケットにプラグを刺していた。
時折頭が動いていて、その動作は確かに音楽を聴いていると表現しても差し支えないように感じる。
 様子を見ていたスタッフはどいつもこいつもあんぐりと口を開けていて、数秒とはいえ律子もまるでスタッフと同じ表情をしていた。
「あれ、律子さんと美希ちゃん。お帰りなさい」
 と、律子に気づいたのか、古株のスタッフが律子に向って口を開いた。
美希ちゃん、という呼びかけに周りを見ると、美希はちゃっかり律子の股の下からメカ千早を覗いていた。
「ただいま…ってか、何したのあれ。あと美希、あんた一体どこ入ってんの」
 絶好のポジションなのにー、と言う美希から意識を外し、律子は古株を見る。古株はこれがまあと言った後、
「いや、俺も帰ろうとしてたんだけどさ。みんなが何か音響部屋にへばりついてるから、何かなーと思ったらこんなの」
 確かに音楽の聴き方がおかしい。おかしいと言うよりは人間として間違っている。
間違っているのはつまり彼女が人間であるという前提条件であり、と言う事は目の前の千早の形をした何かは人間以外の何かであって、音響部屋に張り付いたスタッフの頭の中には今朝の挨拶が蘇っている。

―――識別名証BST-072、メカ千早とお呼びください。これからこちらにお世話になりますので、よろしくお願いします。

「メカさーん、ただいまなのー!」

 まるで空気の読めない美希の声が唖然としていた音響部屋に響き、メカ千早はそこで初めてCD以外に意識を向けた。
プラグを首から引っこ抜いて後ろを見ると、笑顔の美希と間抜けな表情のスタッフがアイカメラ越しにプロセッサに認識される。

「お帰りなさい、ミキさん。皆さんもお揃いで」

 次の瞬間、年若いスタッフたちが絶叫を上げた。
「うおー!すげえええ!」「マジだ!マジでロボットだ!!」ムギュ「えーほんとー!? 信じらんないねえねえ写メ撮っていい写メ!?」「あーあたし映るー!!」「待て待てどうなってんのこれ、俺夢でも見てんの!?」「皆さん、ミキさんが」「ねえねえ昼の手首の話ってホント!?」「間違いないって俺見たんだから!」「ちょ、お前ら落ち着け!」「うるせー! 男のロマンが目の前いんだぞ!? 落ち着けるかバカヤロー!!」「痛い痛い痛い引っ張んないでってばっ!!」「ねえねえ記念撮影しようよ、メカさん真ん中!!」「皆さん、リツコさんが」「ご飯とか食べれんの!? やっぱ電力!? ねえ電力!?」「変形するってホント!?」

 一瞬で音響部屋が大変なことになってしまった。
補足をしておくと、最初の『ムギュ』はいまだ律子の股下にいた美希が踏みつぶされた音、『痛い痛い』と言っているのはお下げが引っかかってメカ千早の近くまで運ばれてしまった律子である。もはや祭りの勢いと化した音響部屋の前では社長と小鳥が揃っておろおろしている。
 と、ここで潰されてペラペラになってしまい完全に出遅れた美希は『ぶちっ』という非常にヤバい音を聞いた。
「…ふっざっけっんっじゃないわよこのドサンピンがあああ!!」
 うわあああ律っちゃんがキれたー!! という絶叫が起こり、今までメカ千早に群れていたスタッフが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
が、逃げ遅れた不幸なものもちらほらといて、ペラペラの美希の視界に捕食者につかまった哀れな獲物が律子によってボコボコにされていく光景が映る。
 どうにか空気をとり入れて膨らみを取り戻すと、今度は社長と小鳥のおろおろペアの会話が耳に入る。
「…社長、これどうするんです?」
「私に振るかね…」
 社長のボヤキもよく分かる。全盛を誇る大怪獣律っちゃんDXはいまだ暴虐の限りを尽くしているし、騒ぎの中心になったはずのメカ千早はその様子を驚いたような表情で見ている。
だがまあ、と社長は気を取り直したように小鳥と膨らんだ美希を見て、

「まあ害はないようだし、もうしばらくここにいてもらっても良いかもしれんな」

「社長! それホント!?」
「まあ、今日一日でスタッフには知られてしまったしね。外に放り出すよりは中にいてもらった方がよかろう。この様子では外に出したら本当にどんな事をしでかすか分からん」
 何せ充電に手首をもぎ取り、音楽は首から聞く存在である。確かに表に出してしまったら「如月千早は化け物だ」という風評が立つ気がする。
本人(?)に帰る場所がないなら社内にいても止むを得ないと社長は思う。
「社長、ありがとなの!!」
「まあ、止むを得まいな。スタッフも概ねメカ君を好意的に見ているようだし、それもよかろう。さて、問題は―――」
 飛びつこうとする美希の前に手を出して、社長は今解決しなければならない問題を考える。また飛びつかれてクラッチを決められてはかなわない。
 社長の目には、次の獲物を探し求める大怪獣が映っている。



 止まっていた765プロデュースの時間がゆっくりと動き出す。
 メカ千早という油を与えられた秒針が、再び時を刻み始める。



SS置き場に戻る      BST-072に戻る             その2へ   その4へ

inserted by FC2 system